スズハシについて
■コンセプト
面白さは誰もが作り出せる可能性がある。
しかし、それは「面白さ」に触れた人しか分からない。
「面白い」を作れる人を社会に作り出していく。
僕らが出会ったのは、学生時代の就職活動の時でした。
お互いに「起業」というワードに対するセンスみたいなものは、一旦横において
では一体何ができるか。その頃、社会起業家という言葉が輸入されつつあり、
学生からみてもなんか面白そうだなと思っていました。
しかし、僕(大橋)についていえば、面白そうだとは思えるものの、例えば、
同じ学生で色々なイベントをやっている人がとてもまぶしく見えました。
もっとも、そもそも自分の大学に「大した人間」がいないと偏見を持っていただけかもしれません。
「山月記」という作品をご存知でしょうか?
超エリートの主人公が、切磋琢磨を怠り、結局は虎になってしまう話です。
詳細は読んで下さい。その作品のように、僕も何か根幹を欠いたもので動いてはいけない。
だからこそ、まずは基礎力となるような、ビジネススキルを鍛えるべきだと判断し、就職をしました。
時期尚早かどうかは分かりませんが、ぼやっとですが、
5年ぐらいが目処だと目標設定しました。
若干前倒しになったのは時の運か、神様のいたずらか何か分かりません。
しかし、後ろや過去をみていては何も始まりません。
きっとこの台詞を今後何度も唱えることになるでしょう。
会社員として仕事をしているときもですが、
多くの人が、仕事を何のためにやっているか・・・。をあまり考えてないように感じました。
人それぞれの意見を尊重はしているのですが、例えば「お金のため」という人。
悪くはないのですが、自分にとっては「お金のため」といって割り切れるような感覚が
あまりありませんでした。
こういうとその日暮らしで、カツカツな人は怒ってくるかもしれません。
確かに、今日働かないと暮らせないんだという人はそういう状況でしょう。
しかし、僕は、「そういう働き方」をしたら、なんか自分の人生がものすごくつまらないことで
埋まってしまって、何もできない・・・。それならいっそのこと死んでしまったほうがいいと、
今でも思っているのですが、そのように感じました。
真剣に仕事をするとか、「真剣に」何かをするのがとても難しい時代かもしれません。
とはいえ、「真剣に」何かをする人は常に時代の先頭、もしくはキーパーソンとして活躍をしています。 僕もそういう人間になりたいと思い、では社会にとって何の役に立てることはあるだろうか。 そんなことを考えはじめていました。
色々な人と話すと、大体いくつかのパターンに分かれます。
どういうふうに分けるかというと、自分の人生や恋愛、仕事などの納得感や充実度で、分かれます。 愚痴をいうのは悪くないのですが、愚痴ることで前へ進める人と、単なる自己保身的な、自分が可愛いので、 ただ現状を否定してみるだけの人と大きく分かれます。
そもそも、仕事や恋愛など人生についての大きな事項で、満足感が高い人は愚痴はほとんどありません。 それは、自分のことに満足しているから、他人に対しても余裕があるんじゃないかと思っています。
学生時代から、そういう人生観については、考えてきました。
自分が理解できない人は、そういうもんだと分かったようなこともありました。
が、結局、「今」の自分が理解できないなら、すぐに理解できることはないと思っています。
それは大人とか、子どもとかそういうことではないということです。
話をしていくと、結局、人はある種の課題もしくは悩み、相談したいこと・・・
そして、さらにもっと究極的には、人は人を求めている。
それは偶然的な演出かもしれないし、必然的な出会いかもしれない。それは分かりません。
そういった人の出会いについては、自分でも大切にしていくようにしました。
もちろん、大切にできなかった、失敗したこともかなり多いと思います。
ただ、僕に残ったのは、人の出会いは大切にしていったほうがいい、というような
どこかで言われていそうなことでした。それに気づくのが大事みたいですね。
そして、会社員の仕事をしながら、色々なことを出来うる限り、仕事への支障がないように、
正確には仕事を高める意味で、色々なことをやろうとしていたんですが・・・。
そうしているうちに、自分の得意技・・・というのが見えてきました。
例えば、人の話を聞いて、その話を整理すること。そしてそこから何か作戦を立てていくこと。
こういったことは実は誰もがやっているし、それだけでは価値がないかもしれないと感じながらも、 とはいえ、近しい人に自分のことや考えていることを話すという意味で、また人は変わりますし、 もっと、人が人に話すことが価値がある時代になっていくんじゃないかと考えました。
そこで、スズハシが生まれます。
自分達が面白いと思ったことは当然のことながら、しかし、それが常に他人が社会が面白いということは 限りません。
しかし、高確率で、面白いことはアイデアの提示だけではなく、切り口をかえたり、
違う情報をあてていくとか、そういった「本当にシンプル」なことだけで、
その人も、やり方も、何かしら大きなものが、まさにテコの原理のように変わるのではないかと感じました。
仕事を創る面白さだったり、何か生まれる面白さ・・・。
そういうものを体感して欲しい、または起業とか仕事を新しくする人をフォローしたい、
もっと面白いやり方はあるんだと提案したい、一緒にやりたい・・・。
これらの思いが中途半端ではないことを確認するため、
ほぼ9ヶ月近く、週1で僕らは話し合いをしました。時にはどこかに出かけて、
時には飲みながら、時には現状を報告しあいました。
当たり前のようですが、結局これらは潰れることなく、続いていき、自分達の考えで
やってみてから、トライしてから後悔しようということになりました。
まだ、僕らは動いて何かを残したわけではありません。
何もせずして、諦めてしまうのは、あまりにも「面白さ」が足りません。
自分達を実験的に見ていただけるのも嬉しいです。
また、モデルにしてもらっても大変恐縮ですが、嬉しいです。
でも、やはり、面白いと思った人が面白いと思ったことをやって、
そして生きていく社会が、真面目な人も、それなりの人も報われるんじゃないかと思っています。
色々伝わらないところは、僕らとお付合いしていく中で
見ていってもらえると大変嬉しいです。
■経営理念
・大きなこともやる。だけど、小さなこともたくさんやる。
大きな使命感、ビジョンなど非常に重要です。下手をすると自分の立ち位置が分からなくなり、
自分が勝手に溺れてしまうからです。
小さなことをやるのも大事です。正確にいえば、小さなことの繰り返しをするしかない。
成果とは小さなものの連続で、大きな成果は、その連続の堆積物と考えるのが自然だと思っています。
大きなことを言うと、例えば「世界を変える」とか、かっこいいのですが、
実はその人の行動力と言葉力は別にあると考えます。
無言実行(言わなくてやる)の方がかっこいいとは思いますが、
それはあまりにもストイックすぎて、また地味で伝わらないかもしれません。
言いながら、考えながら、足を動かしながら、やる。
毎日の生活からのヒントと、時代の流れが生活に反映するのと一見違うようですが、
通っているパイプは一緒です。それらを見て、動いて行きます。
・自分も含めた他人との社会を面白くする。
僕らは幸運?にも、自分達が満足しているだけではダメだと思いました。
これは、正直なところ何で?といわれても結構答えはありません。
直観でいえば、そうしたほうがいいんだろうとか、自分だけでもなあというのが、
根本なところです。
例えば、無人島に行ったら何を持っていくかとか、心理テストでありがちな話です。
実は、僕は無意識であっても、自分の生活が、食べるもの、仕事、なんでもそうですが、
自分だけで成り立つことはないと考えています。
お金をスーパーで払えば何か食べることができます。
しかし、それはお金があるからではありません。
お金があって、かつ、それで創る人がいるから、成り立つわけです。
車の両輪のように、人とお金は切り離せません。お金を見すぎると、人の存在を失うようです。
近江商人曰く、三方よしの思想で、
社会も、お客さんも、スズハシも、皆、面白くなるようなことしかやりません。
・今ここにはいない人に喜びを与える。
意識的である場合は、近くだとか、見えている範囲に心を奪われがちです。
確かに見えているものも大事ですが、見えてない動きも大事です。
今、ここにいない人にも、何か影響を与えたり、少しでも面白さを届けられないか。
そうしなければ、実は、拡がりが生まれません。
例えとして、人生が親しい300人くらいの間の交流で終わるといっても、
何か少ない気がしませんか。そうでもないかもしれません。
ただし、300人の交流で終わっても、都会を歩けば多くの人と問答無用に
すれちがいます。それは交流とは言わないのですが、すれ違うことができます。
自分の相手の後ろには10人くらいの潜在的なお客さんがいる。
それを信じています。
・仕事・芸術・創作など領域にとらわれない「柔らか頭」で創る
専門分野で深く掘ればそれで何か極められると思う人は多いです。
僕らは、それらを尊重しつつも、その多くにはなれないと見ました。
もちろん、企画やアイデアについてはプロを名乗る以上妥協はできませんが。
専門的に掘るよりも、横をつないでいく。横との関係を見る。
そういう人がいてもいいし、多分、今の日本にはあまりいないだろうと思いました。
少なからずそういったことをしている人はいますが、数が足りないなと感じたわけです。
例えば、演劇。演劇は、非常にクローズドなものです。
笑い話ではなく、劇場に来る人の半数は知り合いであるといったものらしいです。
それがいいかどうかはおいておいて、演劇の人が違うことをやれば、
実は演劇がもっと見直されるのではないかと、すごく単順に考えることができます。
これを演劇の侮辱ととる人もいそうですが、
実は、残るものは、誰か残したいから残したのであって、
最初から残る運命のものは、なかったはずです。その時の時代の人といえばいいのでしょうが、
有名かどうかは関係なく、そこに生きた人が何かしら残す努力をした。
ただ、それだけでしょう。
芸術や文化に関して、むしろそれらのインスピレーションが、
大きな可能性を残してくれます。演劇をDVDにとっても、それはやはり演劇ではなく、
映像になってしまうことに、多くの人は気づいています。当たり前ですが、
そこにライブや生の感覚が消えることがないことも示唆しているかと思います。
演劇ではなくても、美術やアート、スポーツ、イラストなど幅広く、関わっていきます。
・アウェイを積極的に楽しむ。
ホームの定義は、自分の知り合いが多かったり、勝手を知っている場所だったり、
自分が落ち着いて動ける場所のことです。
アウェイとは、そういった要素が少なかったり、なかなか勝手よく動けないところ。
そういうところです。
実は、アウェイでの経験の方が、うまくいかない感じの方が、失敗もそうですが、
強く記憶に残ります。そしてそこから少しでも変われるものがあれば、
大きな成果や経験になります。
アウェイだからダメといって望むプロはいません。アウェイだけど、どう楽しもうか。
どうやって、アウェイをホーム的にできるか。
それを考えるのがプロの仕事です。
積極的に僕らはアウェイを楽しんでいきます。
・仕事を遊ぶ
スズハシにとっての仕事は、遊びです。
こういうと誤解がありそうですが、実は逆に仕事=遊びだと思えない人のほうが、
仕事を舐めているかもしれません。
その理屈は、仕事ほど自然に、かつ楽しむべきものはないのではないかという考えからです。
もし、遊びと仕事が違うものなら、実は遊びも真剣みがなく、仕事も面白みがないのではないかと。
仕事と遊びが一緒になれば、遊び事とか、シゴビなんて造語が生まれるかもしれません。
趣味と仕事でいえば、ホビネスやビジホビなんて言葉はたまーに聞きますね。
仕事を遊びとすることで、もっと身近な存在として、それこそ、
その仕事で遊び、遊ぶことで、さらに仕事をよりよくしていく。
そういった面白いものに、人はひきつけられます。それが仕事が遊びという考え方です。
もっと僕らは遊んだ方がいいとすら思ってます。
社会にももっと遊びを提供していきます。
仕事を遊び、遊びを仕事する。
そんな働き方、考え方を追求していきます。
■ビジョン
その社会で面白い人が育つ。
そしてどんどん社会が面白くなる。
そのための皮切りとしてオモロな仕掛けを作りあげる!
社会を面白くするコツみたいなものがあります。
それは、自分ひとりで考えないことです。
自分ひとりで考えると、何かしら「敵が大きすぎて」、「自分だけがしんどい」となって、
よくある自分だけ背負い込んでしまうケースです。
だから、自分だけではなく、巻き込める人を巻き込んでいく。
そうすると、責任はおいておいて、多くの人が関われるレベルで
アクションが生まれていきます。
それがコツの1つです。
もう1つは、面白いって感覚に嘘がないことです。
ないというか、なくすというのが大事でしょうか。
だから、嘘をついている人とか、ごまかす人は面白さを創ることは
なかなか難しいでしょう。自分が真剣にこれ面白い!と叫んだことはないからです。
そうすると、自分の真剣さも伝わらないですし、またそれによって動く人もいないでしょう。
面白さは、当たり前ですが、自分がまず面白いと思わなければ人に伝えられないです。
ごまかしても、結局最後は、ごまかした自分に返ってくるだけです。
さらに、面白さを継続するような、仕組みをつくっていきます。
それは、何かしらのイベントかもしれませんし、何かしらの事業かもしれないし、
人と直接話して伝えたメッセージかもしれません。
形は何になるか分かりません。
もしかして、条例や法律かもしれません。何か賞を取ることかもしれません。
逆に、財団や新しい組織が生まれていくことかもしれません。
形は明確にはいえませんが、色々な形で面白くするということだけは明言します。
■メンバー

1982年生。大学で心理学を学びながら、起業を志す。卒業後システム開発会社へ。
4年ほど修行し、2009年に無事卒業。学生時代の友人でもある鈴木を誘い、
スズハシを立ち上げる。自身の印象は活発なものが強いらしいが、
実はそうでもない。ただ、メンタル面は最終的にポジティブアッパー系で着地することが多い。
IT、プログラミング、人の話を聞く担当。
振返ると、自営業をしていた父親を見ていた(正確には兄の会社だったが)のは大きいかもしれないです。 小学生の頃から、モノを売るとか好きで、今は化石みたいですが、ファミコンソフトやゲームボーイの型落ちを 売ってたりしました。子どもなら当たり前ですが、下敷きのボードでゲームを作ったり(今でいえばTRPGみたいな?) して、クリエイティブを発揮していました。
その頃から、文章を書くということに対して、お世話になった先生から叩き込まれた?のか、
文章の方が色々表現できるし、伝えやすいと思ったこともあります。今でもその感覚はそんなに変わりません。
人は言葉を使う生き物みたいです。
また、人を笑わかせるのも好きで、とはいえ陽気というよりも、色々なシチュエーションを想定して、 こうだったら面白いよねと。これを分からない人はほとんど意味が分からないんですが、お笑いって 結局そういうシチュエーションをその場で演じて想像させるものかなと思ってます。
中学から高校の自分は、とても優等生というか、何か面白いやつではなかったと思ってます。
これは自信があります。あまり面白い日々でもなかったんじゃないかと今でも思ってます。
大学に入ってそれらが変わることはなく、まず色々知りたかったというところで、
何にでも手を出す・・・かどうかはおいておいて、色々な人にどんどん声をかけていく感覚は、
遅いのか早いのか分からないですが、この頃に気づいた点です。
例えば、就職活動の時は、説明会で隣のいた人に声をかけたりするのは普通にしていました。
結構鬱陶しいがられることは多かったですが(笑)、実は相方の鈴木とはそれで出会いました。
お互い何か感じるものがあったんでしょう。今では美談になりつつあります。
簡単にいえば、僕は、大学で心理学を学びながらも、就職先はシステムエンジニアとして、
IT業界に飛び込んでいきました。そして、今では独立して、企画の仕事をしています。
この流れを一般的に自然にみえる人は少ないようですが、僕の中では必然的なものがあります。
簡単ですが、それを説明してみます。
まず、心理学は自分というよりも、人間的なもの、どちらかといえば、哲学的な思想とかに
興味があったので選びました。実は、僕は個々の心理よりも、社会、つまり集団の心理というものに 興味を覚えてそれを卒論で少し書いていくようなことをしています。
実際に大学で、面白かったのは、哲学や社会学で、心理学は面白い・・・という感覚は薄かったりします。 もちろん、人の心理というものは、今でも普通に使えるもので、というか素養みたいなものとして 学んでおいて大変良かったと思っています。
当時はあまり分かりませんでしたけれど。
ITについては、実は趣味でプログラミングを高校からやっていました。
BASICという言語は今でもありますが、N88-BASICという言語が最初じゃないかと思っています。 それで、プログラミングは趣味でやっていたので、とくに苦労?することもなく、
論理テストみたいなものとかは突破して、システム開発の道へいくことになります。
ここで重要なのは、僕がプログラミングをしたいから選んだというよりも、
色々な会社を見るだけみた結果、結局ITを選んだということです。
他のはどうもなーという感覚が強かったのと、あえて得意なITは最後にしようという感じでした。
そして、大学の頃から、起業はしたかったんです。
しかし、その頃はテーマというか、これでやりたいというものがなかった。
熱いものがなかったといえばいいんでしょうか。学生で、何か探しているけど見つからない人を見ると、 別にそう焦らなくてもいいなあとは思います。
本人と思惑は別に動いているのでしょうけどね。
そういう意味で、システム開発は確かにやってみたいというのはありましたが、
それ以上にまずは社会人、いやビジネスのやり方、仕組みみたいなのを学べるだけ学ぼうと。
そういうことを狙って行きました。
幸運にも、上司や先輩に恵まれ、楽しくも厳しい(後で分かるのですが)ところで
学ぶことが出来ました。一生忘れることはないと思います。
そうやって学びながらも、「実は自分はこれでいいのだろうか」というような、
プラスの意味で、現在の自分に対する問いが出ていました。
そろそろ、3年経ってきた、動かないとまずいのではないか?
そんな自問を繰り返すときに、鈴木に声をかけたのでした・・・。
鈴木は前から起業という言葉は使っていましたし、
明確にこれということはなかったけれど、その想いは本物だと思っていたのでしょう。
これは、ほぼ9ヶ月かけてミーティングを繰り返したところで確定しました。
もちろん、これは自分自身の試金石という意味も強かったのですが。
自分達で何かを創ることというのは、
実はとても面白いことなんですね。
でも、それを面白いという前に、不安を前に持ってきてしまう。
鈴木が言った言葉に「不安なんて消えることはないさ。少なくすることはできる」というのがあります。 本人が覚えているかは分かりませんが、実はその通りだと思っています。
不安を見ていても何かすすめることがあるかというと、それはありません。
やってみて、それから考えればいいじゃないかと。
甘い部分やできないことなんていくらでもある。
でも、それらに遭遇したらなんとか考えて突破する。
一気にやることはない。1つずつやっていこうと。
鈴木明洋(すずきあきひろ)

1982年生。経営学を学び、小売の世界で商売を学ぶ。
人が楽しんでいたり、笑顔を見るのが好きなことに最近気づく。
面白い、楽しいがいつの間にか人生のキーワードになっている。
このキーワードを軸にいろいろなチャレンジをしていくべく、こっそりと始動。
スズハシの影担当だと勝手に思っている。
■特徴
1.アイデア、企画を社会と結びつけていくことが得意。
2.つながりの力をフルに使います。
3.メタ的視点があります。
1.アイデア、企画を社会と結びつけていくことが得意。
例えば、カタリベカフェやすごプレなどのプロジェクトは、一見すると儲からないからやらない・・・ という人は多いかと思います。実は、場作りは儲かるものではありません。
が、必要なものです。そして価値があります。
この点を見過ごしている、理解できない人は、場作りは到底できないのですが、
スズハシとしては、これは「儲からない」ものと決め付けてはいないのです。
どのようにすれば、持続可能で、かつ面白くできるだろうか。それを常に考えています。
逆にこれらに共感して頂ける人は永くお付合いできる方ではないかと考えています。
2.つながりの力をフルに使います。
スズハシは小さな会社です。吹けば飛ぶ会社だと冗談でもなく言っていますが、
そこで重要なのは人のつながりです。我々だけで、社会を面白くすることは根本的に出来ません。 必ず関わる人、地域のリーダーであったり、動ける人であったり、友人だったり・・。
そういった関わりが幅広くあるからこそ、つながりをフルに使い、そこで可能性を試すことができます。
3.メタ的視点があります。
メタとは、一つ上のというような意味です。例えば、犬はメタ的にいえば、動物に含まれます。
カテゴリわけとは若干違います。メタ認知とは、自分を見ていることを見ている自分がいるのような、 入れ子の構造になります。
嬉しいと思ったら余計嬉しくなるのも、メタ認知の一つだと思います。
自分達がやっていることの立ち位置をみることは、客観視なのですが、
その客観視されたものをさらに使うとか、関わる人のさらに関わる人から見た場合の価値とか、
当然のことながら、相手の立場から見ることもこの視点に含まれています。
■スズハシ
資本金:500,000円
メンバー:2人
設立:2009年7月15日(登記完了日)
所在地:愛知県名古屋市名東区にじが丘1丁目3番地の1
web:http://suzuhashi.net/
mail: info@suzuhashi.net






